タロットウーマン

合唱祭とか文化祭では口パクの癖に、君が代だけは誠心誠意心をこめて歌う。
それが僕の中の愛国心だのだ。
でも、合唱だってモルダウだけは一生懸命なのだぜ。

ではっ!

「あなたは今までで一生かかっても目にすることの無い奇跡に立ち会っているのよ」
「まさか、これが出るなんてね」
ドリアン。これは確かそんな名前の南国のフルーツだったはずだ。
贔屓目に見ても若いとはいえないタロット占いの女性は、俺の鼻先にその異臭のする果物を
突きつけながらそういったのだ。

俺は切羽詰っていた。
ボスから預かった金をうっかり寺子屋もどきのカフェテリアに忘れてきてしまったのだ。
こんなことがバレたらボスにやいやい言われるのは目に見えている。
それはまあどうでもいいが、やいやい言うときに始終、かわいい子猫が、ボスにじゃれ付いていやがるのをみるのだけは勘弁だ。
ニャー、ニャー!マオー!ニャーッス!シャーッ!
ああ、考えただけでゾっとするったらない。可愛すぎるのさ、猫は、いつだって。
俺がここ数週間、塞ぎこんでいるのをみかねた従兄弟のトニーがこのいんちき占い師を紹介してくれたのだった。

生ごみとガスが交じり合ったようなその香りから顔を背け、目の前のカードに頭を集中させる。
女は私の意図を知ってか知らずか、今度はドリアンを目の先に突きつけてきた。
これではカードが見えない。
肝心の俺の運命はいったい何のカードが握っているというのだ。
「このカードは」
女は突き出したドリアンをピクともさせずに朗らかにいった。
「私の好きなカードなのよ、そうとってもね」
ウフフと笑うその顔はドリアンに隠されて見えない。だがきっと醜悪なのであろう、まるでこの果物の香りのように。
半ばあきらめかけ、ドリアンをみつめながら、女に話しかける。
「あんたがそのカードを好きだろうとなんだろうと知ったこっちゃない」
「とにかく、カードの絵柄を教えてくれないか?ええ?」
この女は最初から気に食わなかった。俺に紹介をしてくれたトニーには悪いが腕利きだかなんだか知らんが、初対面の客にドリアンを突きつける占いなどあるものか。
帰ったらトニーの野郎をとっちめてやらなきゃならん。そう、猫を数匹じゃれつかせるなんてのはどうだろう?トニーは大のじゃれつかれ嫌いだからな。

そんなことを思っていると少し気分がすっきりしてきたが、異臭によってまた現実に引き戻された。
「そんなにこのカードが知りたい?あんた、卒倒してそのまま死んでしまうかも」
かまうものか、俺はもう死んだも同然の棺桶より酷い香りに悩まされてるとこなんだ。
「ああ、できればそう願いたいね。そしてカードをみたらきっと俺はあんたにこう言うだろうな」
「右腕と左腕、どっちを撃ち抜かれたい?」
少し間があって、異物がゆっくりと目の前から外れていく。
ああ、これでやっと、カードの絵柄がわかる。
ぼやけた視界をはっきりさせる為、目を何度かしばたくと2重に見えていたカードがひとつに合わさる。
そこには俺の期待していた、そして恐れていた絵柄はなかった。
「わかる、絶望ってこういうことを言うのよ」
女の声がどこか遠くから聞こえてくるようだった。
ヘッドロココ
「みんなはこのカードをそう呼ぶわ、ええ、滅多にお目にかかれないのよ。タロット?なにそれ?」
キラカードを目の前にして俺は眩暈にも似た高揚感を覚えていた。
懐に手を入れ、そこにコルトがあることを指先で確かめると力がみなぎるのを感じた。
「このカードはお前にとっちゃどうやら死神だったらしい。そして俺はやっぱりボスにじゃれつく猫を見るハメになるらしい」
俺はコルトを抜き出し、女の額に狙いをつけ引き金をひいた。