原風景

その町には無数の穴があった。
地面にも、コンクリでできた四角い住居の壁にも、至るところにポッカリと穴があいていた。
穴は、子供がようやっと入れるかというくらいのものから直径5メートルほどのもまで、様々あり、それも覗いた先には真っ黒な闇だけが底なしに広がっていた。
壁に空いている穴は、その先にあるはずの風景は広がっておらず、穴自体は独立した存在として建造物に張り付いているのであった。
穴と、実際その先にある空間は繋がっていないわけだから、穴のすぐ先は別の空間があると思われるが、町の住民は誰もその穴に入ってそれを検証しようともしないし、穴自体に興味が無いともいえるのであった。
「まあ昔からあるからね」
町で出会ったとある若者は言う。
「うちのばあさんのそのまたばあさんが生まれた頃からあるって。マンホールみたいなもんじゃない?」
そういって若者は特に面白くもなさそうに、目の前の穴に目を向けて笑った。
マンホールにはれっきとした意味があるし、その先に何があるかもわかっているのだから
どこと繋がっているかもわからない、なんとも不気味な穴と比較するのは甚だ見当違いだと思ったが、私自身、この町のこの穴以外はおおむね満足しているから、黙っていた。

それから数日後、件の若者が心臓麻痺で死んだ。
私は、真夏の太陽が照りつける中、棺桶に入った亡骸を運ぶ男たちを見た。
6人の、若いんだか年寄りなんだかわからない男たちは肩に棺桶を担ぎ、全員俯きながらトボトボと町の中心部へと歩いていくようだった。
私はなんとなくブラブラと彼らの後を着いていった。
砂埃が舞う中、みすぼらしい格好をした子供たちが、男たちには目もくれず走り去った。
ポーチの前に屯している主婦たちがちらりと男たちを一瞥したが、すぐに黒い顔をつき合わせて井戸端会議に戻った。
その前を、棺桶と男たちは無言で通り過ぎた。
ほどなくして棺桶の行進は町の中心にある広場で足をとめ、ゆっくりと肩の棺桶を地面に降ろした。
男の一人が、一本の真っ黒な薔薇を胸ポケットから抜き、棺桶の上に置いた。
正午を告げる時計台の鐘が響き、男たちは振り返りもせず元来た道を、来たときと同じように足取り重く引き返した。
棺桶の下に薄い影が現れ、それはジワジワと色を濃くし、数分もしないうちに真っ黒な円となり、棺桶に射す闇の後光となった。
棺桶は静かに黒い円に飲み込まれ、沈んで見えなくなった。
ひとつの何かが消え、ひとつの穴のような何かが生まれた。
儀式は終わり、無機質な黒い穴がそこにあり、私は全てを納得すると、あの時の若者と同じように特に面白くも無い顔をして私はその場を立ち去った。