上杉TUTAYA(タッチ)

真夏の白昼のことである。
有名なレンタルショップ
目当てのDVD作品を手に取り、さあカウンターへ、と歩き出すと声をかけられた。
「君の手に持っているのは何かい?」
パッと見たところ青年である。だが、青年である保証はない。なぜなら掛け軸の中に描かれた青年であったからだ。つまり、私の眼の前に、同じくらいの背丈の掛け軸がいるのである。
軸の中の青年は、悲痛な面持ちをしている。俯き加減の面には世を儚んだもの特有の美しさがあった。さぞかし名のあるものの筆であろう、幽玄な筆の流れからもそれがうかがえる。
青年は私の持っている会員カードに興味を示したらしかった。
私は、濃い青を基調とした四角の真ん中に店舗の頭文字を表すアルファベッットが黄色く抜かれているカードを軽く振り「レンタルの会員カード」
「真逆、それは昆布だろう」
青年が少し馬鹿にしたように言う。水墨画なので表情は変わらないが、声色は確実に馬鹿にしている時のそれだ。
どこが昆布なのだ。どう見てもプラスチックでできた、手のひらサイズのハンディカムである。否、ハンディカムではなく、カードである。
「どう見積もったって昆布であろう」
見透かしたように言う。語気が強い。自信に満ち満ちている。ただの古紙の上の絵のくせに生意気であるが、その匂い立つような古さに圧倒されてしまった。
「これは、昆布なのかい?あの海産物であり、北海道でとれるものにだいぶ地味があると聞くが・・・」
矯めつ眇めつ、手の内のものを眺めていると、段々と昆布に見えてくるから不思議である。
掛け軸は揚々としている。
「昆布であろう。それも利尻の産」
「利尻」
「左様」

そんなやり取りをするうちに、これは完全に昆布であると認めざるをえなくなってしまった。
だが、レンタルカードであるという疑念も捨てきれない。
思い切って、カウンターの向こうにいる店員さんにジャッジメントを委ねることにした。彼ならそう、真実を知っている。なぜなら、彼の胸のネームプレートには「見極め係」と記されていたからだ。
昆布8割、カード2割の平べったい四角を差し出すと、待ってましたとばかりに手元のスキャナをカードに当てた。
「ブピー!」店内に軽快なビープ音が鳴り響き、周りに居合わせた居直り強盗が振り返る。
昆布か?カードか?皆が期待に胸躍らせているのがありありと伝わって来る。
レジの金額表示欄に目をやる
そこには、デジタルに輝く「海苔」の文字がはっきりと映し出されていた。
「ふむ、有明の産」
掛け軸の中の青年がしたり顔でつぶやいた。
私は、往年の矢吹ジョーを彷彿とさせる、渾身のストレートで、掛け軸をぶち破った。
瞬間、居直り強盗たちは歓喜の声をあげ、ジョーペシ関連の映画を全て奪って南西の方角へと逃走した。
太陽が白く燃え、レンタル店は掛け軸もろとも一瞬にして虚空へ消失した。