鳳仙花、金木犀

たまに吹く風の中に花の匂いが混じっていると色々な事を思い出す。

入道雲と途切れ途切れに聞こえる子供たちの嬌声は、そこにいるはずのない小学生の頃の自分を、容易に頭に思い浮かべる事ができる。

「あの坂をのぼれば」
僕が小学生の頃大好きだった話の台詞だ。
少年が、海を見るために長い長い坂道をのぼっていく。
盲目的に、坂の頂上から眼下に広がるはずの、青く広がる海を求めて、ただただ歩く。
いつからかワクワクしながら、自分も少年と同じように海を目指して坂をのぼっていた。
それだけで、ただ幸福だった。
汚れたズックを履いた日に焼けた素足が止まったとき、そこにはキラキラと光を反射させた海が広がっている。


昨日色々あって、いっぺんに気持が暗くなって意気消沈した。
それは急な坂道を、ただ何も考えずに苦しみながら上っているのと同じようなものなのだろう。
先には大きくて堅い岩が行く手を阻んでいるし、のぼりきる事なんて不可能に思えた。
坂道を歩く逞しかった足はすっかり棒のようになって、溌剌と振られていた腕は力なく、だらんと
垂れ下がっている。
あの話の事も、海の事もすっかり忘れていた。

今からでも海を見に行くのは遅くない。
海はずっと昔からそこにあった。
それに気づかせてくれた奥さんに、心から感謝したい。


ではっ