段田団、でんででんスウェーデンドレスデン

砂漠の真ん中でミス・ヒスパニックは冷静だった。
見渡す限りの薄黄色に、みじろぎひとつせず、突っ立っていた。
右手には丸めた新聞紙を、左手は目測を測るようにピンと前に突き出している。
彼女の影は長く伸び、一見すると自由の女神の如く浮かんでいるが、その実、祖先から脈々と受け継いだ闘神的な激情が心を支配し、いまや眼前のターゲット以外には何も目に入らないのであった。

彼女の左掌の先に何があるか?
極限に乾燥した地と同じくらい干からびた、楕円形の黒い物体。
世間では忌み嫌われ、目撃されれば何かで引っ叩かれ潰され、死んでなお悪態をつかれるその物体。
時には追い詰められ、その黒光りした羽を広げ、相手の顔面へ一直線に反撃を加えようとさえする行動力。すばやく動く節足。
どんな理知的な人物でも、ソレを見つけると眉を潜め、殺戮感情を生まれさせる類まれなるる昆虫。

ミス・ヒスパニックがソイツと初対面を済ませてからもう3ヶ月が過ぎていた。
彼女は自分の住む安アパートの一室をソイツらに占領されている事に気づいた時、(主に一般的と思われる)攻撃を開始しようとは思わなかった。
金曜の夜にポップソーダ片手に嬌声とともに町へ繰り出す年はもうとうに過ぎていたミス・ヒスパニックは、冷静に、かつ斬新な方法でソイツらを追い詰めだしたのだった。
まさに、"追い詰める"こと。が彼女にはできた。
叩き潰せる距離にいても、それをせず、どこまでも彼女はソイツらを追い続けた。
どこに逃げようが、しつこく、そして粘り強く彼女は追った。会社ももちろん休んだ。
有給はとうに使い果たしたころ"それがハンターの血なのだろう"と彼女は最後にこの砂漠にたどり着いた時に思った。
殆どの黒いソイツらはこの砂漠で息絶え、干からびていった。
そして今、最後の一匹が彼女の前で動きを止め、とうとうそこで(動こうと思えば)動くものは彼女だけになった。
完全な勝利を収めたその瞬間、意外にも彼女の心は頭上の青空さえも飲み込んでしまうくらいに空虚だった。
満足感など微塵もなく、足首を包む砂がチクチクと痛かった。
それでも彼女は立ち尽くし、何かが訪れるのを動かぬ時の中で待った。
暫くして、干からびた黒いソレに変化が訪れた。
黒い物体が僅かに震え、一瞬にして黒く細かいものがワラワラと干からびたソイツを中心にして薄黄色い絨毯を散り広がった。
それに呼応するかのようにミス・ヒスパニックの幅広い額を一筋の汗が滴り落ち、砂に吸い込まれ、消えた。
それが合図だったのだろうか、ミス・ヒスパニックは、片頬だけで薄く微笑うと、ゆっくりとそして確実にソレを追い始めた。