ポールポジションは猫

「キャン・アイ・プレイ・マッドネス」
英語教師の中村は確かに、そう言った。
ざわめく教室。おののく生徒会長。揺れるフラワーロック
最前列に座るイングヴェイという名の太った生徒がただひとり冷静であった。
「ティアーズ・イン・ヘヴン」
中村はスッとイングヴェイの食べかけおいなりさんを掴み取ると、一瞬窓の外を眺め、英語の教科書で挟み潰した。
ムニュリという音が嫌に耳に響いた。といっても僕はウォークマンで音楽を聴いていたけどね。田代某は後に懐述する。
憮然とした表情でティアドロップ型のサングラスをかけなおし、「ライアー」と一言呟くとイングヴェイは教室を出て行く。
「ノーモアーティアーズ」
中村が教科書から米粒を払い落とし言う。
暫くの静寂の後、「クライフォーザネイションズ」
生徒が続く。
フラワーロックが揺れる。
「ロンドンコーリング!」
声の主はクラス一お調子者であり、ペットの金魚だ。
「…ノーそれはノー」
「…ノーそれはノー」
クラスが一体になり、揺れる。フラワーロックも揺れる。
窓の外では白いものがちらつき始めている。
「スノウブラインド」
中村。
「ブラックサバス」
生徒。
「ノー、これはスティクス」
中村は溜息をつき、今晩は鍋だな、と思う。
「アタックザ」
これが最後だという風に力のこもった声で中村。
教室に生徒達の生唾を飲み込む音が響く。
「キラートメイト!」
生徒たちではない。その声は窓の外から聞こえた。
皆が駆け寄り校庭を見下ろすと、先ほど出て行ったイングヴェイがつまらなそうな顔で雪だるまをこしらえていた。
「ノーだ、イングヴェイ、ノーだ!」
窓から中村が破顔一笑叫ぶ。
「チッ」
舌打ちをし、真新しいキャンディアポーのストラトで雪だるまを叩き壊すイングヴェイに教室の皆が大爆笑しているところで授業終了のチャイムが響いた。
笑い声に反応して揺れているフラワーロックを教科書で挟み潰し、"今日もホットホットティーチャーであれた"
ひとり満足げに中村は教室を後にした。