カマキリおばちゃん

博士がなんだってあんな風になったのかは僕にだってわからない。
ただ、富士山が爆発したあの日から突然変わってしまったことは間違いないんだ。

その日、僕は遅刻をしそうだった。もちろん学校にだ。
目覚めは一杯のコーヒーから、というのが僕のここ最近の日課なのにあの日に限って母さんは真っ黒い汁をポタポタ滴らせた雑巾を握り締めて呆然と突っ立ってた。
「バケツと間違えてコーヒーカップにぞうきんを…」
なんていう言い訳は僕には通用しない。涙なんか流したって、反対の手には母さんの大好きな味噌キャンディーが握られてるんだし、それをしじゅう舐めながらのなだそうそうがどんなに説得力のないことか。

僕は母さんを罵倒しつつ怒り心頭で家を出た。母さんの後姿の肩が震えてるのは悲しいからじゃなくて、飴を上げたり下げたりしてるからなだけなんだ。なんてこった。
君よ憤怒の河を渡れ、とはよくいったもので、怒りにまかせてボックスステップで歩いていたらドブにはまった。
なんてこった!
泥地でもがきながら呟くと、いつもの雲もなんだか地獄の一丁目に浮かんでいるように見える。バッドモーニングベートナーム!ロビンウィリアムスも空の彼方で笑っていやがる。

「コーヒーが無ければジュースを飲めばいいじゃない」
ほうほうの体でドブからあがってこんな風に思った。
その突然のひらめきが僕のとりえでもあるわけだけど、今回はちと思考がワル方面だ。
ごくごく自然に、足は登校ルートから外れて、町のほうへ向かっていた。
町には誘惑が一杯だ。母さんはいつも口を酸っぱくして僕にこう言ってた。”町へ行くならマヨネーズを買ってきて頂戴”ってね。
なんだってマヨネーズなんか。冷蔵庫には溢れかえらんばかりなんだというのに。
イライラしながらも、町への想いが頭の中をばら色にしてくれた。
なぜなら、町にはプリンパンがある。しかもたったの12円。経営が心配だけど、店の親父さん(売っているものに反して使い古した10円玉みたいな顔をしている)は「ああ、毎日強盗などは欠かさないからね!」とどこ吹く風だ。

こうして僕は怒髪天の構えでもって学校をボイコットしてやろうと町へ繰り出したわけだけど、この時点でお母さんはまだ飴を食べ終わっていなかったし、遠くに見える富士山も至っていつもどおりだった。