どぼちてクリスチャン

しょうもない昔のことだ。
何を思い立ったか、ワインセラピーというものに手を染めていたことがある。
思えば、どうしようもない学生時代に一滴の華々しさを彩ろうという目論見だったのかもしれない。

そもそもワインセラピーとは何か?
もちろんこれは世間一般で言われるところの洋酒でありドイツの屈強なブドウ潰しがこしらえた絞りかすであるワインと、セラピーの合体言葉なのは言うまでもない。
つまるところ、ワインでセラピーをしていたのだ。
セラピーとワイン。この言葉はなんだかとっても格好よく、くだらない顔をして赤ん坊を怯えさせているような阿呆人間があこがれてしまうのにうってつけなのであった。

そこで一番重要なのは、自分がセラピストのほうであったことだ。
もちろん僕は今現在も下戸である。そしてこんな逸話がある。
”もしあなたが「半径30メーター以内なら、チョコレートボンボンの存在をかぎ分けられる男が千葉にいるらしい」という噂を耳にしたらそれはたぶん僕だ”
こんな男がワインの何をわかるのかというのか?
結論から言うと、もちろんそんなものわかるわけもない、むしろワインはただの踏み潰されブドウなのだ、という概念しかないし、もし自分がワインを作るしか能が無かったとしたら「ブドウを踏み潰すにはどういった特訓が必要なのだろうか?」と、とても不安になっていたとおもう。

こんな僕だが、全く知識はないものの、なんとなくカッコいいからという理由で、いきなりセラピスト業を起こした。17歳の襟足も盛んな時期だ。
知り合いを引き止めて「お前はボジョレーの80年ものだな。だからちょっと古臭いぞ、考えとか」

こういう風である。
まさに傍若無人、横着貴婦人である。

しかしこれが今風だという評価を受け、思わぬ所で好評を得た。
不良軍団である。
ワイン=貴族 というイメージからかけ離れたジャンルである不良くんたちのハートを鷲つかんでしまったのである。
彼らいわく「なんかしらねーけど、わかるわお前のいってること」
わかるわけないんである。

僕は連日彼らに呼ばれ、「ちょっとワインのアレやってくれや」と頼まれた。
根っからのお調子者である僕であるから断るわけにもいかず、彼らの溜まり場であるところのプレハブハウスへワイン持参で毎夜出かけては、ワインを飲ませ、「シャトーマルゴリアンだから将来安泰だね」などと適当なことを言って癒した感を演出した。
そのたびに彼らはワインでベロベロに酔っ払い、ウシャシャと笑った。

半月ほどして、僕は高校の担任から呼び出しをくらった。
ブレザーの変わりに白衣を着て廊下を練り歩いていた時であった。
生徒指導室で節目がちにニヤリとする僕に向かって教師は言った。
「お前、○○(不良の名前)達からワインのバカって呼ばれてるぞ。イジメられてるんじゃないか?」
僕は一瞬にしてそれが「ワインとイワンをかけたとんち的なアダ名」だということを悟った。
と同時に涙が頬を伝った。その味は、安物のワインにも似た苦さであった。

それからはすっぱりとワインセラピーからは足を洗い、ホラー映画占いに没頭していくのだがそれはまた別のお話。