熊が泣く

やっとこさ頂いたダッチオーブンで料理なんかを初めてみました。一年間くらい放っておいてごめんよ、の意味をこめて豆と鶏肉のチリ風を。




おとといまではぷっくりしたジャンガリアンハムスターであったはずだ。
そして今日は、熊がそこにいた。熊ほど和室で六畳の寝室にたいそう似合わない。たとえばそれは、白い砂浜に流れ着いた富士ゼロックスコピー機くらい異質なのだ。

所謂、グリズリーと呼ばれる巨大灰色熊であろう。
見上げたぶんには3メートルはあろうかという長身である。
「おい、いったいなんだって」
おとついはハムスターであり、一ヶ月前は味噌の壷でありそれよりもっとずっと昔は私の最愛の恋人であったはずの女性に私は話しかけた。
巨大な体のわりに小さく見える頭に、サーカスなんかでみかける三角帽子をちょこんと乗せた元味噌壷は両手で目を覆い、しきりに顔を横に振っている。
泣いているのだろうか、その表情は巨大な熊の手に隠されて窺い知ることはできない。
ひとまず落ち着こうと、先日、酒と間違えて購入した新巻鮭を冷蔵庫から取り出しリビングへグリズリーをおびき出した。
やはり元人間でも本能には逆らえないとみえ、どこで手に入れたのかカラフルな玉に乗りながら後ろをついてきた。

リビングで派手に玉から転げ落ち、恥ずかしそうに頭をかくグリズリー。まだ飯の時間ではない。
だが頭の三角帽子はぴったりと乗っかっている。なんて不思議なんだ。私はいぶかしんだ。まさか接着剤で。

テーブルに鮭を放り出し、椅子を指し示す。そうだ、この木製の"いかにも中学の技術の時間に適当に作成しました"という趣の椅子に300キロ以上はありそうなグリズリーが座ればどうなることか。
私は期待を胸にグリズリーが腰を下ろすのを待った。
荒巻鮭は私の手元にある。熊は誘惑に勝てないだろう。

ニヤニヤと唇をゆがめながら、そういえばハムスターの時もあのくるくる回るやつで何時間も走り回らせていたっけな、と思い出した。