近くに

これも昔のことだ。

夜寝ていると奇妙な音で目が覚める。
決まって夜中である。
両隣には母親と父親が規則的な寝息を立てているのが感覚でわかるが、それ以外は闇である。
音は部屋の外からするようでもあり、室内でしているようでもある。
ジリジリと何かが焼けるような音。
"熱しられた鉄"という表現が今考えると近い。

目が闇に慣れてきた頃、ぐっすりと眠る母をなんとはなしに見ると、その顔のわずか30センチほどのとっころに何かある。
闇の中でボンヤリと見えるそれは丁度、巨大な薬缶のようであった。
それがジリジリと音をたてながら母の眼前まで落ち迫っている。
牛乳のように淡白いそれは母の顔面と一体化して消えた。
一笑されるのがオチなので、目覚めてもその事は話さなかった。

幾日かそんな夜が続いて、ハタとそれは現われなくなった。
1週間かそこらして、リウマチ病みだった母が「快晴に向かっていると病院で言われた」と喜んでいた。

白い薬缶についてはやっぱり黙っていた。