ハイキックガール

僕が映画に嵌ったきっかけは、確か小学4年生の頃の金曜ロードショーだったと思う。

今でもハッキリ覚えているのは「田原俊彦主演の映画」ということだけで、タイトルやらストーリーはすっかり頭から抜けていた。
当時の小学生にとって田原(とし)といえばアイドルで、それでいてニンジン娘をかどわかしちゃうようなモテ男であったから、それはそれは人気のある映画であったろうと思う。
だが、タイトルとストーリーがとんと思い出せない。
ただ、脳裏に焼きついているのは「人気絶頂アイドルであるトシがハゲ頭で出演」ということ。
しかもアクションである。
今でこそ、トシといえば"シークレット坊主"なのは暗黙の了解であるが
若い子らから嬌声を一身に浴びていたトシがいくら映画といえども坊主になるだろうか?
しかも、スポーツ刈りなどというソフトな感じではなく、完全にスキンズであった。
うーんと頭をひねって、あまりにも細い記憶の糸を手繰り寄せると見覚えのある顔が競演していた。
ジェット・リーことリーリンチェイである。
彼の本名を漢字で書くと「李連杰」となりさっぱりジェットな風でなくなることでも有名だ。
きっと、ここに長年の謎を解く鍵があるとピンときた。

結果、僕が十数年、トシヒコだと思っていたのは中国の俳優さんであった。
そして映画は「少林寺」であったことが(つい先程)判明した。
悩み事を隠すのは案外上手な僕であったが、こればかりは自分の脳内のダメさ加減に辟易した。
今までとんでもない勘違いをしていて悪かった、田原。

で、田原ネタを書きたかったわけではなかったが必然的に田原になってしまった事を許して欲しい。
なぜに映画にハマるようになったかは、また今度。


ではっ

「アンドリュース!」
私は声高に呼んでみた。
だがここにはアンドリュースなどという名前の人はいないのだ。
それなのに、前を並列で歩いていた何人か(並びで言うと左から、男、女、男、男、女)が一斉に振り向いた。
みな、一様に顔が黒い。日焼け、もしくはチョコレートであろうか。
私はできれば好物である"チョコレートであって欲しい"と願いつつ「アンドルース!」と今度は舌を巻かずに叫んだ。
チョコレート(であれば良い)な顔の男女の顔が歪み、そのうち3人が「どうしようもない」と頭を振り、残りの2人は爆発した。
何かはわからないが、私の答えは不正解だったのだ。
いまや3人になってしまったチョコレート顔が、今しがたまで仲間であったであろう消失した2人のことはすっかり忘れたかのように、また歩き出した(現在は女、男、男)。
私は不正解であることを真に望んでいたのかもしれない。
「アンドウリョウデス・・・」
振り向くと、やけにちっぽけな口をした日本人が佇んでいた。
アフリカのこんな地に何故、日本人がいるのだろう?
「ワタシガ、アンドウリョウデスガ、ナニカヨウデスカ?」
日本語なのだろうか?私には彼が何を言っているのかわからず、口の小ささも私を苦しめた。
「ゲラーウト!(向こうへ行ってくれませんか)」
私は目の前の小さな島国代表がなんだか恐ろしくなり、思わず犬を追い払うように声を荒げた。
よくみるとそれは犬であった。
なぜ私はやせっぽっちな犬と日本人なんかを間違えたのであろうか?
当たり前の疑問を自分自身に投げかけ、はたと気付いた。
「この犬、メガネをかけていやがる!(アンドリュース!)」
おそらく油性マジックでかかれたあろう、犬の目の周りは、まるでメガネをかけたように、黒かった。
村には問題児が山ほど居るのだから不思議ではない。
犬が大好きであることから、数々の犯罪に手を染めた私であったから、それが犬だとわかると思わず顔がほころんでしまうというものだ。
ゴワゴワとした頭をなで、「お前の名前はなんというんだ?え?おい」
と聞くと、「アンドリューッス!」犬がひとこと鳴いた。
チェッ!こいつはきっと犬なんかじゃない。何しろここにはアンドリュースなんて名前のやつは居ないのだから。
落胆しながら、犬のようなアンドリュースのそばを私は離れ、本当の犬を探しに歩き出した。