パンダ・パンチョス・パンチェッタ

完全に温くなったクアーズを流し込み外に出ると、乗ってきた自転車が完全に盗まれていることに気づき、真昼間だというのに、サリバン先生と出会う前のヘレンケラーのように目の前が真っ暗になった。
クソッ!完全犯罪にも程がある。俺のチャリを盗んだのは誰だ?見つけたらタダじゃおかねえ。
おっと、今の俺は完全に盲目なんだった。ヨチヨチ歩きにも程がある。
だがあきらめんぞ、俺にはまだこの耳と鼻、そしてタコスマンの着ぐるみがある。
いや、まて、タコスマンの着ぐるみは役に立たん。
なぜなら、この変てこな着ぐるみを押し付けられたあたりから俺には不幸が訪れ始めたとしか考えられないのだ。
今朝のことだ、いつものようにコールアンドフリッパーズ雑貨店のドアを開け、チェリーミントのガムを掴んだまではいつもと同じ、平和な出勤前だった。
だが、そこからがいつもと違った。
コールアンドフリッパーズの強面店主として知られるブッチャー・ドレイクが、拳銃を手にしてボケっとカウンターの中でと突っ立てたんだ。
ドレイクの手にした拳銃の銃口からは今しがた鉛のクソをひり出しました、というように薄く煙が昇っていた。
「あ、こいつ撃ったな」
俺は一瞬で悟ったね。まあ悟ったもなにも、俺の足元の床は完全に血だらけだったし、俺のサンダルのつま先に触れるか触れないかの位置にはビックリするくらいターバンの似合う、中東系の男が死んだ魚のよう(完全に死んでるけどな)な目で横たわっていた。
「よう、ドューリー!今朝も良い天気だな。ところでお前いつハリウッドに顔を売ったんだ?今はテイク3?それともNG集かな?」
俺のグッドモーニングジョークが聞こえなかったらしく、ドレイクはカタカタ震えていたから、「あ、やっぱり本当に撃ったんだ」と完全に納得したね。
こういう時は、全てを無視するのが一番。母さんにもそう教えられたろ?日本にもこんな諺があったな「触らぬgodは三度死ぬ」だったか?
ともかく、俺は「それじゃあまたな。ドンジョンソンによろしく」とその場を離れようとした。だが神様はここぞとばかりに俺に苦境を強いるもんだな。
「待て!待ってくれ!」
手に持ってた拳銃を、まるで今まで見たことも無い新種の寄生虫か何かみたいに床に投げ捨て、ドレイクが俺を呼びとめたんだ。
「頼む!後生だから、俺の話を聞いとくれ!」
このIT時代に「後生」だと?俺は耳を疑ったね、完全に時代錯誤もいいとこだ。そんなヤツの言葉に耳を傾ける暇は持ち合わせていないことを背中で語ってやったつもりだが、ドレイクには通用しなかったみたいだ。
いつのまにか、すばやくカウンターから出てきたドレイクにがっちり肩を掴まれていた。
物凄い力だ。そのエネルギーを仕事に生かせよな。
そんなことを考えてるうちに、ヤツは聞いてもいないのに事の顛末を話し始めた。
おっと、もちろん店のドアには「CLOSED」のアレをかけてからだが。
かいつまんで離すと、ドレイクは強盗に襲われた。
強盗は俺が店のドアを開ける頃にその魂は安らぎの国からやってきた羽の生えた子供に連れられてったんだろう。
光の国への切符を手渡したのはもちろんドレイク親父その人だ。
ともかく、ドレイクは長い間、便座の無いトイレに座ることになるだろうし、ケビンズ(何故か牧師がCMしているアレだ)のビーフバーを
クチャクチャやりながら、居間の14インチのTVでスーパーボウルを観戦することも出来なくなるだろう。
だがそれは自業自得だし、俺には関係のないことだ。
それなのに、ヤツはとんでもないことを俺に言ってきた。
「俺は悪くない。なぜならこのターバン野郎が俺からうまいことやろうとしたのを止めただけだからだ」
なるほど。確かに強盗は良くないな。だが殺すのはもっと良くないんじゃないか?だって死んでるんだぜ?こいつ。
「だが、ホーリズ、これがもし、タコスマンの正義の審判だとしたらどうだ?殺人ではなくて審判だ。こいつは選ばれなかったんだよ」
クレイジー!こいつは完全にイカレちまった!そもそもタコスマンとは?
「知らないのか?正義のヒーローさ。ガキどもに大人気のヒーロー、エスパニョーラ!タ・コ・ス」
どうやら最後のはタコスマンとやらの決まり文句らしい。唄うように楽しげなドレイクに腹が立ってしかたなかったが
いつのまにか拾ったのか、例の拳銃が俺に突きつられていたから何も言えなくなっちまった。
「で?そのタコスだがブリトーだかが、この中東人を殺ったんだとしたらどうだっていうんだ?」
何も変わらない。そうだろ?
だがヤツはやっぱりクレイジーだった。あまりにもおかしな話さ。
何に納得してるのか知らないが、うんうん頷きながら(もちろん俺に銃を向けたままだ)、店の倉庫から
ズルズルと汚らしいぬいぐるみを引っ張り出してきたんだ。
そう、それこそ今俺が着ているタコスマンの着ぐるみその人だ。
ヤツは満面の笑みでそれを俺に押し付けると(もちろん銃口も押し付けられている)言った。
「ありがとう!タコスマン!僕の危機を救ってくれて!」

こうして俺はカビ臭い着ぐるみを着てドレイクの店を(背中に銃口を突きつけられたまま)後にした。
幸運なことに、近所の小学校の登校時間は過ぎていたから、"ただの余興の人”という目でしか町のみんな
には見られなかったが、身体をタコスの皮(厳密には通気性に優れた謎の素材だが)にくるまれた男が
自転車に乗っていれば怪しまれるのは妥当じゃないのか?なのに誰も俺に声さえかけない。むしろ目を
逸らしていく。
助けを求めようにも、店を出る時に見たドレイクの「わかってるな?俺はお前の玉袋を今まさに握ってるんだ」といわんばかりの氷のような目
を思い出すと足がすくんで無理だった。
仕方なく、俺はタコスマンになることに決めた。そして景気付けに一杯やって、外に出たら自転車がすっかり
なくなってた。
乗り物のない正義のヒーローなんて誰が認めるんだ?
この後いったい俺はどうすればいいんだ。
ともかく今は、なんでも屋のビリーに相談することにしよう。
そろそろランチタイムだ、急がないと小学生にみつかっちまう。