コマを回すのに一番効果的な筋肉はどれか。

あくる日は雨だった。そして、今年初めての日直でもあった。
日直の日は朝早いうえに、近所のひとたちに日直板を回さないといけないから面倒なのだ。
日直版には「僕にとっての日直と好きな肉」というテーマで、400字詰め原稿用10枚分のイラストを書かないといけないが、それは割りと好きだ。
クーピーで豚肉を10枚分書いて早速、隣家にもってくと、殺し屋ババアが胡散臭い感じのスウェット上下で顔を出した。
「あんた、この肉、グラムいくらよ?」
差し出した日直版を怪訝な顔で眺めるとババアは言った。妙に襟足が長い。
「あんたの顔はグラム10銭だろうが、この絵の肉はいくら出したって買えやしねえぜ?」
アスファルトの地面タイヤを切りつけながら、膝を高々と突き上げる。
メキリという小鼻の骨の潰れる音とともに、高山スタイルの膝蹴りが、殺し屋ババアの顔面を確実に、そして非情に潰した。
一瞬の静寂のあと、膝とババアの顔面に挟まれた日直版をズルリと引き抜く。
可憐に散った薔薇の花弁の如く、ババアの鼻血が地面に滴る。
(根は正直で真面目、だが食人鬼の)殺し屋ババアがゆっくりと倒れるのを待たず、次の回覧先である、友人のチャンコ森の家へと急ぐ。4次元に吸い込まれる途中だったヤツの家の呼び鈴を
なんとか滑り込みセーフで押すと、インターフォンからチャンコがすぐに答えた。
「いまギャラリーフェイク読んでんだけど」
そう、ヤツは大の”美術商でバイトするアジア人女性フェティズム”の持ち主であり、そんなギャの読書を邪魔されるのを一番嫌がるのだ。だが策はある。
「細野の隠れた名作は”ママ”」
その一言で、玄関のドアが勢いよく開き、2階の窓から森が「おーい入れよ!」と手を振った。
玄関に入ると4次元に吸い込まれがちな森のお母さんが、顔半分ほどグニャグニャさせつつ、いらっしゃいといった。
ちなみにお父さんはいの一番で4次元に吸い込まれてしまったが、「いやあ、こんな奇抜な左遷は聞いたことがないね」と言って元気にしているらしい。
さて、森は、というと差し出された日直版を一瞥すると、ため息をつき、4次元の隙間にそれを投げ込んだ。
「あーあ、肉食いてえなあ。四次元と融合してから、肉買っても全部吸い込まれちまう」
ゴロンと仰向けに寝転がる森は寂しそうにつぶやいた。
「日直も嫌だけど、お前んちも相当嫌だよな」
四次元の隙間に吸い込まれないよう気をつけながら、森の横に一緒に寝転がると、今日の日直も学校もサボろうと心に決めた。