憑物

_古い友人に不思議な人がいる。

その友人と先日、久しぶりに会うことになり、手ごろな居酒屋で膝を付き合わせた。
「持物筋という言葉を知ってるか?」
懐かしい話でひとしきり盛り上がった後、友人はまるで最近の景気を尋ねるような気軽さでさらりと言った。
民間信仰に深い祖母の影響で、彼の言う、「持物」が「憑物のことなのだな」ということは私にも多少なりとも理解できた。
"憑物"とは俗に憑依ともいわれ、自身以外の何モノかを身体に降ろすことで、人知を超えた現象や言動を得る事であり、日本の祭事や信仰などに古くから深く関わりがある。
このように日本には古来から憑物に関する事柄が多く、とりわけその種類は海外の所謂「悪魔憑き」などに比べると格段に多い。
有名なところを挙げると、関東のオサキ狐、四国の犬神、九州のヤコなど、それこそ高校野球の如く(あげようと思えば)地域ごとに代表があるほどである。

話を戻すと、小学5年生のころに転校してきた彼の出身地がK県だということは知っていた。だが当時の私といえばバカまっしぐらのシーチキン大好きっ子であったから、高知がどこなのか?東京から100メートル県内なのか?そんなこともさえ知らなかった。
だが、その日、彼の発した「持物筋」という言葉と、現在の私の持つ「K県に関する」"ある事柄"とが線でつながったのだった。

彼は(仮にI君とする)、昔から犬を極端に嫌う傾向にあった。
今となればそれも合点のいく話でもあり、これから話すI君の話からも更に納得をすることとなった。
話は小学生の頃、丁度、I君が転校してきた夏休み前にさかのぼる。
当時の私がすっかり忘れていた情景が、I君の話が進むにつれ鮮明に思い出された。
焼けたアスファルトからゆらゆらと立ちのぼる蜃気楼の彼方に、巨大な真っ黒い犬と、片手に棒を持ち、立ち尽くすI少年の姿を。