印の養父

サラ・江戸川にとってこの「義一郎」という男は養父にあたるわけだが、当の義一郎は心血注いだ娘以上に大事にしているものがあった。
サラは不思議でならない。
「私よりもこんなものが大切だなんて」
口から煮えくり返ったはらわたが飛び出しそうになるのを押しとどめ、義一郎にその言葉を投げかける。
「****」
義一郎の答えはいつも同じであった。
その度にサラは落胆し、母へ縋った。
「あの人は昔から****にしか関心がないのよ。始終黙り込んで、まるであの黒松みたいにね」
サラを自分の膝に埋め、母親はいつまでも髪の毛を撫でてくれた。
サラはそうされている間、いつの時も変わらない立派な庭の黒松を眺め、いつしか夢の世界へと落ちていくのだった。

やがてサラは成人し、恋人が出来た。
彼はとても大きく、頼りがいのある男性だった。
「そう、まるであの****みたいにね」
2月のまだ寒い縁側で、黒松の前に立ち、サラは義一郎にそう告げた。
「そ***じゃ*******かもしれな*な」
縁側で、むっつりと新聞に目を落としていた義一郎が呟く。
「あの方はあなたよりも***なのよ」
いつのまにか母親が音も無く、義一郎の横に立っていた。
微笑を絶やさず義一郎を見下ろす白目が妙に青白い。
それを聞いた義一郎は目を見開き、口をあんぐりと開いた。
「******は**だし***?」
「****!****!」
それは止まらない、まるで何かに憑かれたかのように全身を痙攣させながら義一郎は呟きを止めない。
縁側で変わり果てつつある養父を振り返ると、サラは母親と微笑をかわし、巨大な斧を黒松めがけて思いきり振りかぶった。