gotohellて後藤地獄のこと?

部長。

英語で書くとBU-CYO-だが本名はのぶとしという(ちなみにのぶとしクラブの部長でもある)。
そののぶとしが私を地獄へと落とすような発言をしたのは、つい5分前の出来事である。
「おい偽やしゃご!」
つまるところ、私を粗悪品(もしくはものまね王)よろしく呼んだのであった。
偽○○といえば、まずは偽坂本一生(さらには加勢大周)を真っ先に思い出す御仁も多かろう。
そのイメージは白Tシャツであったり、雨濡れ白Tシャツであったり、雨濡れ子犬抱きかかえ白Tシャツであったり様々だが、一様に"ダメ感"が漂う。
4分30秒前の私は憤怒した。あまりの怒りにフンドシ一丁theスタイルズでもって崖から飛び降りんばかりであった(スキマーゼ)。
怒りにワナワナとブレイクダンスをする私に、脱腸もとい部長は追い討ちをかけるようにこういった。
「本物だったら証拠を見せてみろよな、ええ?」
証拠!
そうだ証拠さえあれば、「Q:私は本物であるということなのでしょうか? A:はい、そうです」なのだ。確かに今までの私は"やしゃご"の皮を被ったただの孫であった。祖父の名はまだ無い。
「わかりました!では今からその証拠を探すたびに出ますから早退させてください!」
バシィ!元気よく机を叩き立ち上がった私を誰が止めることができようか?とめられるとすればそれは自分自身か、私の敬愛する手塚治くらいのもなのだ。
「わかった…だが気をつけることだ、昔から言うだろう、弘法も、あ、あとはメールで送るわ」
浮かれの頂点だった私は部長の話などまったく耳に入らぬまま会社を飛び出した(その勢いで100m世界新を塗り替え)。
埼京線で乗り越し山の手線で「蒲田で流れるあの曲って蒲田行進曲だったんだ」と新発見をしつうつ実家に戻ると、すべて事情をわかったような面をした父が、居間でテレビを見ていた。
「おかえり。ソーメンって茹で上がるまでわりとジーっと見ちゃうよな」
父がリストラ(ンテ)されるのも無理は無い。
ソーメン野郎を居間に残し、私は地下3階へと急いだ。そこには蔵がある。なぜか我が家の地下3Fにはすべての蔵がつくものはすべて揃っているのだ。
真木蔵人の前を足早に通り過ぎ、蔵間(ちゃんこ)、蔵前国技館を返す刀で投げ飛ばす。
複雑骨折した両腕を蔵橋接骨院で簡単に治療してもらい、お目当ての蔵の扉を押し開けた(その衝撃で再度骨折)。

その巻物はすぐに見つかった。
というよりも、その巻物しかなかった。むしろ巻物というかバームクーヘンであった。
クリームを慎重に舐めとり、カステラ生地に書かれた家系図およびファミリーツリーを凝視する。
あった!
私は見事、リアルやしゃごであった。長年の夢がかなったのだ。
しかし私の顔は浮かない。まるで曇りの日の曇り空に浮かぶ曇り雲の様子を的確に描写した水彩画のような面持ち。そして気持ち。
そこに書かれた文字は玄孫(やしゃご)であった。
私はてっきり夜叉児だと思っていた。闇に生きる末裔。そんなムードなアレを熱望していたのだ。しかしながら、否、いうなればこの20数年間、うっかり人生を続けてきただけだったのだ。
「かっこわりいな…」
そう涙目でつぶやく私を、蔵人、蔵間、蔵前国技館、そして蔵橋院長が慰めるように囲む。
「いいじゃない、夜叉だって相当格好悪いぜ」
みんなの言葉に私は頷くしかなかった。
翌日、会社は退職した。


弁当を食べに公園へ。久しぶりの公園メシ。猫がベンチで丸くなってました。営業をサボりやがってるのかおい。とか話しかけたら冷たい目で一瞥され、逃げられました(近くの子供連れも)。今度みかけたら、左から右にずらしてやる構えです。

私は"やしゃご"になりたいと常々思っていた。
小学1年生のころに初めて聞いたこの"やしゃご"という言葉は何か口に出すのは恐ろしいようなそれでいて、ライ病に冒された現地の人(いうなればオジョンマとかそんな名の)の夢のようにフラフラと甘美な響きを私に見せた。

中学にあがると私は意気揚々と"やしゃご"と名乗るようになった。
フルネームの真ん中に"やしゃご"を挟み、(牛乳が)あたかも(しれない)欧米人式を気取ったりもした。
2年のクラス替えで鼻息荒く自己紹介したときのクラスの熱気を私は今でも容易に思い出すことができる。
おりしも校庭では生卵投げつけ祭が行われていたため、やしゃごの名を持つ私に嫉妬の卵が多数投げつけられた。
クラスの担任は「こら!イジメはよくないぞ!」と謎の言葉を叫んでいたが、私は自分への喝采を止めたこの教師に殺意さえ覚えた。「卵を何個食わせれば人は死ぬのだろう」
初めて卵の殺傷能力に興味を持ったのもこの時である。

やがて時はすぎ、毎日の卵祭りで卵だらけになった私も卒業する時がきた。
しかし毎日毎日よく飽きもせず卵祭りを開催するものだ、そこまで崇める必要性あるのかよ。
卵の信頼性について疑問符をなげかけた時期でもあった。
仰げば尊しの流れる中、校門を出るとポーチドエッグが落ちていた。古来からポーチドエッグは不吉の象徴として云々。
さて、高校については別売りのビデオをご覧いただくとして、
順調に社会人になった私であるからこれからは"ふり"ではなく本当にやしゃごにならなくてはならない。
そう感慨にふけっていると部長から卵を投げつけられた。